憂鬱と鳶と生クリーム


 原典: SHUFFLE! ON THE STAGE(制作:Navel)
 お題: 鳶、憂欝、生クリーム
 書人: 破魔弓時



「ふぁ〜ぁ。今日も憂鬱なのですよ…」
 冬休みも終わり、麻弓にとって退屈な時間が始まってしまった。日本語のはずなのに、どこか他国語であるかのように感じてしまう数学の授業だ。
「はぁ〜、楽しい休みって、なんであんなに早く過ぎちゃうのよ〜」
 麻弓は冬休みに稟たちとスキー合宿に行った。そこで一番はしゃいでいたのが麻弓である。そんな楽しい毎日が過ぎてしまい、彼女は憂鬱な気持ちになっていた。
「こんなんじゃダメなのですよ。麻弓ちゃんらしくありません」
 と自分に言い聞かせ、ふと手帳を開いてみた。
「え〜と、次のイベント…、ばっ、バレンタイン!」
 今は一月の中旬なので、次のイベントとしてはバレンタインが待ち構えていた。
「よ〜し、久しぶりに稟くんに手作りチョコを作って、麻弓ちゃんの女の子らしさを見せつけてやるのですよ。そうだ、生クリームが乗っかったチョコもいいかも」
 ということで作るチョコレートが決定した。次は材料であるチョコを入手しなければいけない。そこで麻弓は近くのコンビニに向かった。
その道の途中、見覚えのある姿が近づいてきた。あれは…魔王だ。
「やあ、麻弓ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
「あ、魔王さま。実は稟くんに手作りチョコを渡そうと思って、材料を買いにいくのですよ」
「ほう、なるほど! がんばれよ」
「はい、ではまた」
 麻弓と別れた魔王は少し歩いてから、ふと思った。
「え、ということはネリネのライバルが増えるのか…これはまずいな」
 魔王は少し考えて、
「よし、さりげなくチョコ作りをジャマしちゃおうかな。ライバルは一人でも少ないほうがいいからな。すまない、麻弓ちゃん」
 そんな魔王の思惑も知らず、麻弓はチョコを楽しそうに選んでいた。

 家に帰った麻弓は、さっそく生クリーム作りに取り掛かった。ボールを冷やしながら、ひたすら生クリームをかき混ぜるという面倒な作業だ。しかし、好きな人への苦労は楽しみに変わるものだ。麻弓は鼻歌交じりに、
「ふんふんふん。どう? 麻弓ちゃんだって、こんなこともできるんですよ。待ってて稟くん」
 と独り言をつぶやきながら、クリームをかき混ぜ続けた。
 そんな楽しそうな麻弓の姿を外からこっそりのぞいている人影がいた。あれは人族ではない、魔王だ。
「なんかジャマはできないものか。そ、そうだ。こんな時こそ魔力があるじゃないか。えい!」
 魔王の魔力がこっそりと麻弓に向けて放たれた。
 そんなことを知る由もない麻弓は、汗をかきながらも懸命に泡立てを続けていた。
「もうちょっとかな…え?」
 麻弓は自分がかき混ぜているクリームがだんだん増えていることに気付いた。
「え、なんなのよこれ?」
 そんな麻弓を尻目に、生クリームはどんどん増えていく。まるで微生物が増殖しているかのように。そして増えた生クリームはボールからはみ出し、彼女の顔にまで迫っていった。
「きゃー、何これっ?」
 麻弓はボールを放して逃げようとしたが…遅かった。増殖した生クリームは、彼女をすっぽりと包みこんでしまい、ついには部屋全体を覆ってしまった。
 麻弓は、呆然としてあたり一面を見渡した。そこには、四方八方が真っ白の世界が広がっていた。
「どこなのですか…ここは。はぁ…」
 混乱から思考が鈍った麻弓だったが、黒いシミのようなものが頭上に見えるのに気がついた。
「ん? あれはなんなのですよ?」
 そして、その黒いシミは、こともあろうにこちらに近づいてきた。
「きゃー!」
 再び悲鳴を上げた麻弓は、それが大きな猛禽類であることに気付いた。それは、魔王がこの白い世界に迷い込ませた鳶だった。
「え? デッカイ鳥なのですよ…」
 翼を広げれば麻弓の身長にも匹敵するような大きさの鳶が、彼女に襲いかかってきた。どうやら、彼女が持っているボールに狙いを定めているようだ。それに気付いた彼女は、
「これは稟くんに食べてもらうんですよ! ジャマはさせないのですよ!」
 と必死に生クリームをかばった。
 鳶は低空飛行をしながら麻弓に攻撃を加える。大きな爪やくちばしで繰り返しつついた。
「ダメなのですよ…」
 と一生懸命に生クリームを守ろうとする麻弓だったが、鳶の上からの度重なる攻撃を受けて、洋服をビリビリにされてしまった。
「このままではやられちゃうのですよ…」
 麻弓は何か武器がないかとスカートのポケットに手を伸ばした。
「ん? これは?」
 麻弓はポケットの中にデジタルカメラが入っているのに気付いた。
「そうだ…、これでもくらうのですよ!」
 麻弓は再度アタックを仕掛けてきた鳶に向けて、カメラのフラッシュをたいた。
 ――――一筋の閃光。
 真っ白の世界でその光は反射し続け、すさまじい光の塊と化した。その光をもろに浴びた鳶は、目がつぶれたようで、ふらふらとコントロールを失って飛んで行った。
 鳶が飛んで行ってしばらくたった後、ガラスの割れる音がした。麻弓がその音のしたほうを見ると、そこから見覚えのある景色が広がっていた。それは彼女の家の庭である。どうやら彼女がいたキッチンの中に、あの白い世界が広がっていただけのようだった。
 麻弓はそのガラスが割れたところから、自分の家の庭に出ることができた。
「はぁ〜、助かったのですよ」
 安堵した麻弓の視界に二つの人影が現れた。一人は魔王である。そしてもう一人は稟であった。彼は、
「んー、麻弓? なんか魔王さまが外で怪しげなことをしていたから、ちょっと気になって…え、麻弓?」
 稟は麻弓の姿に言葉を失った。
 麻弓の体には、真っ白な物体がところどころにくっついていて、後はボロボロのエプロンがかろうじて肩に引っ掛かっているだけだった。
「お、おまえ…いったいどんなプレイをしていたんだ…?」
 冷静にツッコんだ稟だった。一方で、少々混乱していた麻弓はふと自分の姿を見て、
「きゃー!」
 町内に麻弓の鋭い絶叫が響き渡った。
 そして、麻弓の憂鬱はもうしばらく続くのであった。

	

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