水着とココアと食堂


 原典: バンブーブレード(原作:土塚理弘、作画:五十嵐あぐり)
 お題: 水着、ココア、食堂
 書人: ティラミス鏡



 カチャカチャ、ガシャン。
 初夏も過ぎようかというある日。
 グルグルグル……
 回るペダルと、それに連動して回る車輪。
「ふうっ、直りました!」
 そう言って、東聡里(あずまさとり)は朗らかに笑った。
「わ――、ありがとうございます!!」
 自転車のチェーンが外れて困っていた女子高生たちは、通りすがった同年代の少女にそれを直してもらったこと、そしてその手際に、感謝と感嘆の声を上げる。
「勝手な真似をしてすみませんでした!! それでは失礼します!」
 満足げな顔で立ち去ろうとする東を、自転車の持ち主である女子高生が呼び止める。
「せめてお名前を………」
「いえ!! 名乗る程の者ではありません!!」
 キラメキを放つ東のメガネ。
 そしてさわやかさ全開で、東は自分の自転車で走り去った。
 残された女子高生たちは、遠ざかってゆく華奢な背中を、沈みゆく夕日を眺める様に見送ったのだった。

 東聡里。室江(むろえ)高校一年三組、剣道部所属。
 二つ縛りにした長髪と泣きぼくろ、メガネの下にはややつり上がった目。
 理知的でクールな印象を受ける容貌だが、性格は明るく真面目で一生懸命。
 剣の腕も、剣道部女子で二番目の実力者。
 そんな彼女は今、
(やっぱり、無駄じゃないんだ!)
 輝ける瞳と共に、
(私の回り道にも、意味がある……!!)
 道に迷っていた。
 そして、
 ガシャン。
「あ」
 東のチェーンが外れた。

 外れたチェーンを直そうとしたが、いつも持ち歩いているドライバーが見つからない。仕方なく押して歩いていた東は、とある公園に辿り着いた。
(さっきはあったのに、どこで落としたんだろう……?)
 カラカラと自転車を押す東の目に、あるモノが映った。
「どうしたんですか?」
 考えるよりも先に話しかけていた。男の子が、泣いていたから。
「ほら、泣いてちゃわからないですよ?どうしたんですか?」
「水着が……」
「水着?」
 男の子は、傍らにある樹の上を指さした。
 見上げた先では、巾着タイプのプールバッグが、紐を枝にひっかけ、そのまま二度三度と巻きついた状態で、風に揺られていた。
 男の子の話では、友達とプールへ行った帰り、一人になっても興奮が冷めやらず、バッグを振り回していたらすっぽ抜け、ちょうどこの樹の枝に引っかかり、巻きついてしまったらしい。
 それを聞いた東は、
「わかりました。私が取ってきますから、もう泣かないでください」
 と言って、胸を叩いた。
 そして、今、東が掴んだ最後の枝。悪戦苦闘して、やっと届いた、巾着袋の掛った枝。
 それがぽっきりと折れ、
「あ? きゃああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!???」
 盛大な悲鳴と低い衝撃音が、公園に響き渡った。
 そう、東聡里は、重度のドジっ子だったのだ。

「お姉ちゃん、どこも痛くない?」
「大丈夫です。ちゃんと受け身をとりましたから」
 ベンチに並んで座る東(あずま)と男の子。
 男の子は小学校の低学年くらいで、二人並んだ姿は、少し年の離れた姉弟のように見える。
「あの、本当にありがとう!」
 頭を下げる少年の手には、東が買ってきたスポーツドリンクの缶が握られている。
「いえ、当然のことをしたまでですから」
 一方東の脇には、間違って買った、あったか〜い<~ルクココアが、隠すように置かれている。
「それでは私はこれで!」
 颯爽と自転車にまたがる東。
「きゃんっ!!?」
 自転車のチェーンが外れていることを、すっかり忘れていた。
「だっ、だいじょうぶ!?」
 大転倒を起こした東に、男の子が駆け寄る。
「だ、だいじょうぶ、………です」
 涙を滲ませながらも、何とか笑ってみせる東であった。

「ここがお家なんですか?」
「うん!」
 どうしてもお礼がしたいという男の子に連れられ、やってきたのはとある大衆食堂。
 昼の営業を終えて、今は『準備中』の札が掛けられている。
 東が店の佇まいをしげしげと眺めているうちに、男の子はさっさと戸を開けていた。
「とーちゃーん、ただいまー」
「おーぅ、遅かったな。キレーなねーちゃんについてっちまったんじゃねぇかと心配したぞ? 」
 心配していたとは到底思えない口調で、白髪混じりのおっちゃんが奥から顔を出した。
「お?」
 そのおっちゃんは息子の後ろに立つ東を見て、動きを止めた。
「お持ち帰りしてくるとは、さすが俺の息子だ!!」
「ちがうよ、とーちゃん」
 呵呵とするおっちゃんと、慣れた感じで受け応える男の子。
「そ、そそそ、そんなんじゃ、ありませんよっ!!」
 そして本気で否定する東。
「??」
 冗談を真に受けられ、おっちゃんは対応に困った。

 ほどなくして事情を飲み込んだ食堂のおっちゃんは、東への礼を申し出た。
 東も、チェーンが外れたままで困っていたので、素直にこれを受け入れた。
「どうだい、ねーちゃん?」
「はい! とってもおいしいです!!」
 嬉しそうに答えた東は、カレーの大盛りをごちそうになっている。
 東のいい食べっぷりに、男の子もおっちゃんもニコニコでそれを見守っていた。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした!」
 見事完食した東は、颯爽と席を立ち、出口へ向かう。
「すっかりごちそうになって、すみませんでした。本当においしかったです」
「おう、また来てくれよ! ねーちゃんなら、いつでもオマケすっからよ!」
「はい!!」
 そうして東は、まさに満腹といった顔で自転車にまたがった。
 ガシャーン。
 東聡里、本日二回目の転倒。

 その後、チェーンを直して出ていった東。
 食堂には、父と息子の二人が残された。
「おもしろい子だったな」
「そうだね」
「おまえも、嫁にするならあーゆう子にするといいぞ」
 残された食器を片付けていた息子は、テーブルの隅に目を止めた。
「……あ、あのお姉ちゃんのだ」
「おう、忘れもんか?」
 まだ少し温かい飲みかけのココア。
 なぜこの時期にホット? と、親子の間に無言のクエスチョンが過る。
「本当に、おもしろい子だったなぁ……」
「そうだね……」

 この後東は、奇跡的に目的地へ辿り着くわけだが、それはまた、別の話(原作9巻)になる。
	

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