初夏のひととき


 原典: アスラクライン(著:三雲岳斗)
 お題: フロート、抱き枕、マイペース
 書人: 小城孝市



「暑い…」
 折角のこの休日に、僕は部屋の一角で一人ダラっとしていた。まだ五月に入って間もないのに、ジメジメ感が拭えない。おまけに僕の住んでいるこの建物は、今クーラーが使えない状態だった。鳴桜邸――周囲からは廃屋だとか幽霊屋敷だとか呼ばれているが、内部まで本当に壊れている必要はないと思う。
「暑い…」
 なんだか暑いと言ってると、余計に暑くなってくるから不思議なものだ。
 今この屋敷を借りているのは僕の兄である夏目直貴(なつめなおたか)だ。本来ならあの馬鹿兄貴がクーラーの修理くらいやっていってもいいのに、と心の中で愚痴ってみたりする。
 それにしてもホントに暑い。
『智春(とも)、あんまり暑いって言わないでよ。なんだかこっちも暑くなってくるよ』
 僕の心を読んだかのように出てきたこの少女の名は水無神操緒という。
 彼女は僕の幼馴染であり、3年前から僕についてる幽霊である。
 最近分かったことなのだが、実は彼女の存在は、機巧魔神(アスラ・マキーナ)――”機械仕掛けの悪魔”の中に封印された副葬処女(ベリアル・ドール)である。彼女の体はこの世界とは別の空間に封印されているため、あくまで今ここに見えている彼女は、立体映像に他ならない。だから暑いという感覚はないはずなんだが。いや、そもそも彼女は僕の脳から出力されているわけだから、僕が暑いと思ったら、彼女も暑いと思うのかもしれない。
 そんなどうでもいいことをぼんやり考えていると、ガラガラと扉の開く音がして、誰かが鳴桜邸の中に入ってきた。
「トモハル、遊びに来てあげたわよ〜」
 声からして黒崎朱浬(くろさきしゅり)に違いない。彼女は僕が所属している科學部の先輩で、部長代理をやっている。
 彼女は呼び鈴も鳴らさずに、堂々と入ってきた。
「……あー、おじゃまします」
 続いて聞こえてきたのは、もう一人の部員でクラスメートでもある嵩月奏(たかつきかなで)の声だ。
 こちらは朱浬に続き遠慮がちに恐る恐るといった感じで入ってきた。
 2人は家主の確認を一切取らずに、ズンズン中に入ってくる。まぁ、元々借りているのは僕ではなく兄貴なんだが、それでも確認くらいはするべきではないだろうか?
 僕が仕方なくといった感じで出迎えに行くと、朱浬はこの気温だというのに、相変わらず漆黒のコートをまとっていた。
 そんな格好していると暑いのではないだろうか。見ているだけで僕の方も余計に暑くなってくる。
 それに対して嵩月は制服姿だった。嵩月に聞いたところ、
「……あー、今日は科學部の活動だと聞いたので」
 とのことだ。別に休みの日なのだから、そんなの気にしなくてもいいのに。
 ところで、いつの間に僕の家で科學部の活動があるなんて話になっていたんだ?
 その僕の考えている様子を見て、操緒が何を勘違いしたのかとんでもないことを言い出した。
『あー、智春(とも)、今嵩月さんの私服姿が見られなくて残念って思ったでしょ。いやらしい〜』
 操緒が横から軽蔑するような目で、僕を睨んでくる。僕はとっさに言い訳を試みようとしたが、
「そんなことは少しも――」
『少しも〜、何?』
 操緒がジト目でじーっと僕の顔を見てくる。僕はその視線に耐え切れなくなって、
「すいません。少し考えました」
『よろしい』
 操緒が勝ち誇ったような顔で僕を見てくる。最初はちゃんと別のことを考えていたと言っても言い訳にすらならないだろう。それに、別に良いじゃないか、少しくらい考えたって。僕だって男なんだし。
「?」
 今の嵩月には操緒が見えていないためか、そんな僕を見て不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「あ、いや、何でもない、嵩月」
 まぁ、今の会話内容が聞かれていなかっただけ良しとするべきなのかもしれない。

 リビングへ戻ってくると朱浬がソファーに腰掛けて寛いでいた。どれだけマイペースなんだ、この人は。
「まったく暑いったらありゃしないわ。智春、何か冷たい飲み物とかないの?」
 会って第一声がこれか。突然来ておいて、いきなり何を言い出すんだ、この人は?
「あー、わたしが何か用意してきます」
 それを見て、嵩月が気を利かせてくれたが、
「いいよ、僕が行くから。嵩月は一応お客様なんだから、ゆっくりしてくれてて」
 勝手知ったる他人の家とは言うが、流石に客にそんなことさせるわけにはいかないので、僕はやれやれといった感じで、台所へ向かおうとした。

 ―――そんな中だった。あの荷物が届いたのは。

「すいませーん。夏目さんいますかー?」
「あ、はーい。今行きまーす」
 また別の客だ。こういう時に限って客はよく来るものだ。
「嵩月、やぱっり頼む。冷蔵庫に飲み物やアイスが入ってる。勝手に使ってもらってかまわないから」
 仕方がないので朱浬への対応は嵩月に任して、彼女に一言告げると僕は玄関へ向かった。


 届いたもの――銀色のトランク。
 表面が独特の金属光沢を放っている旅行カバンくらいの大きさのものだ。
 それを見て僕の脳裏に嫌な記憶が蘇る。機巧魔神(アスラ・マキーナ)とそれに伴うトラブルに巻き込まれたのはまだ記憶に新しい。


「すいません、サインお願いします!」
「あ、は、はい」
 少しボーっとしていたのか、配達員の人がいぶかしんでいたが、僕はそのことすら気にならなかった。
「届いたみたいね」
 僕が一人困惑気味に立ち尽くしていると、 まるでタイミングを計ったかのように朱浬が顔を出した。一目確認すると朱浬はまたリビングの方へと戻っていった。
 このまま玄関にいるのもなんなので、僕はとりあえず届いたトランクを持って一旦落ち着ける場所へと移動することにした。せっかく来たのだから、運ぶのを手伝ってくれたっていいのに。
 リビングに着いて、改めて届いたこの銀色のトランクを眺める。
 すると、然も当然のように再びソファーでくつろいでいた朱浬が口を開いた。
「今日、直孝さんからの荷物が届くって情報を得て来てみたんだけど、正解だったかしら?」
 いったい何処でそんな情報を仕入れてくるのだろう? 身内であるはずの僕でさえ、荷物が届くことすら知らなかったのに。
「それにしても今回は何かしら?」
 朱浬は頬に手を当てて微笑んでいる。僕の方はといえば、逆にまた厄介ごとを押し付けられるような気がして、気が重くなってくる。
 そんな微妙な空気の中、おずおずといった感じで嵩月が入ってきた。
「……あのー、こんなの作ってみたのですが……」
 そういって嵩月が持ってきたのは、ジュースの上にアイスの浮いたフロートというデザート。確かにこう頭が熱くなっている時は冷たい飲み物はありがたい。
 一先ずトランクのことは置いとくとして、嵩月の持ってきたフロートをありがたく頂くことにした。それはひんやりとしてカラカラになり始めた喉にスーッと染み込んできた。

「おいしかったわよ、奏っちゃん」
 朱浬はそう言って飲み終わった後のコップを嵩月に渡す。
「あーはい。あ、夏目くんも。片付けてきますので」
「ありがとう、嵩月」
 片付けまで任せるのは流石にどうかと思ったが、今回はトランクのことが気になったので甘えさせてもらうことにした。
「さて、どうしたものか……まぁいいわ、トモハル、とりあえず開けてみなさい」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ。中身が何か分からないのに開けるなんて」
 いきなり何を簡単に言ってくれるのだ、この人は。
「それに、この前みたいに中身のせいで、第一生徒会に狙われたりしないとも限らないですし」
 そう、これの中身のために、また狙われたりしたらたまったものではない。
「その辺は大丈夫よ。ちゃんと情報操作をしておいたし。それに今回は何故か第一生徒会の動きも、それほど積極的じゃないのよね」
 彼女はそれだけ言うと、それで説明は終わりといった感じで僕を促すようにしてじっと見つめてくる。きっとこれ以上何を言っても無駄だろう。
「はぁ」
 僕はため息を一つしてから意を決して銀色のトランクを開ける。
 中から現れたのは、漆黒の闇――などではなく、布に包まれた一抱えほどある寝具――いわゆる抱き枕だった。
「確かにこれじゃあ、今回は第一生徒会も、第二生徒会も動かなかったわけだわ」
『うわ〜』
 操緒があからさまに嫌そうな顔をする。彼女の視線を追っていき、その表情の意味を理解する。
 その抱き枕に描かれていたもののせいだ。そのもの、少女はどこかしら嵩月の姿に似ていた。胸はもちろん大きめだ。
 そんな中、手紙がはらりとトランクの中から出てきた。
 そこには兄貴の字でこう書かれていた。

  ――お前の好きそうなものを見つけたから、送ってやる。
 少し遅れたが誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれ。――

 何てことを書きやがるんだ、あの馬鹿兄貴は。手紙を見た操緒が僕を見て、引きつったような顔をする。
 ガタンッ!
 音のした方を見ると、さらに運の悪いことにそこにはいつの間戻ってきていたのか、嵩月の姿があった。彼女は僕たちと、抱き枕を見比べて……。
「……あー、わたしは夏目君が、どんな趣味を持っていても気にしませんから」
 顔を真っ赤にして、もと来た道を駆けていってしまった。
『あ〜、やっちゃった』
 僕を見る操緒の顔が、哀れなものを見るようなものに変わる。
 そんな目をしてこちらを向かれても、とても反応に困る。
「……何をやりたいんだよ、あの男は」
 僕はやりきれない思いと共に、空を仰ぎそう呟いた。
 そんな僕の気持ちとは裏腹に、空はまだ青く澄み渡り、暑い夏の日差しが僕らを照らしていた。
 ――でも、ホントにどうしろってんだよ、この抱き枕を?

	

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