カメラとトランスと幼稚園


 原典: ヒミツのテックガール(著:平城山工)
 お題: カメラ、トランス、幼稚園
 書人: 空転



※この文字の羅列は、平城山工氏のヒミツのテックガール≠お読みになった上で五年制高専を卒業されますと、より美味しくお楽しみ頂けます。



 薄暗い校舎の廊下を、わたしは歩いていた。
 ブツブツと呟きながら歩く教官と思しき顔色の悪い男、色とりどりのシミが付いたボサボサ頭の白衣を着た少女。薄暗い窓からなにやら火花のようなものがちらつく部屋、ヘルメットにロープを装着して壁を垂直に降りる人々。

 やがてチャイムがなり、教室から学生が狂ったように飛び出してくる。
 昼休みともなれば、先ほどまでの静寂が嘘のように人々が行き交うが、彼らの口からはおおよそ日本語とは思えない言葉が飛び交う。

 常人であれば後込みするような雰囲気だが、わたしはそれを心地よく感じるようになっていた。

 高専。それは社会不適合者を集めて五年間収監し、大学よりやや少ない程度の知識を詰め込み、社会的影響の少ない分野に安価で売り飛ばす組織。
 だがその特殊性から集まる人々の変人ぶりは生半可なものではなく、それを五年間熟成させるのだから何ができあがるのかは、粒子力学的に言えばシュレディンガーの猫、文学的に言えばパンドラの箱とも言うべき邪悪なオーラに包まれている。

 やがてわたしはその放射性物質だか魔物だかが目一杯に押し込まれた敷地の一番恥もとい端に位置する、高圧電流特有のオゾンの香り漂う建物の前に、たどり着いた。
 なぜこんなところにきたのか、それは昨日の朝にさかのぼる。

 …

 前日徹夜で三次元CADのデータを起こしていたわたしは机の上(のキーボードの上)に突っ伏して轟沈していた。
 ぴぴぴぴぴ…
 あぁ…遠くでタミコが鳴いている…とは思いつつも、そのまま再び夢の中へ戻ろうとするわたし。

「いつまで寝てるんだー!」
 部屋の扉が勢いよく開けられ、聞き慣れた声が飛び込んでくる。扉の鍵はかかっていたはずだが、この寮では開けられるような鍵を付けている方が悪いのだ(寮則第6条)。しかし今鍵を開ける音はしなかったような…ま、いっか。
「むぅ〜、マハル様かぁ〜…だって〜…ぐぅ」
「…しかしこのデータは荒いな…」
 いきなり耳元で話しかけられ、わたしは飛び上がった。
「うぁわ!? ナガイさん、いつからそこに?」
「うむ…つい三十分ほど前からだが、ここのテクスチャが切れているぞ。それにここ、ポリゴンが三ドットずれて真円ではなくなっている。それと…」
「うわこのイチゴ、種が金属光沢だよ…食べたくない…」
 わたしの設計図(デコレーションケーキのつもり)の不備を、ナガイさんは次々に華麗な指裁きで修正していく。…ていうか、三十分も真横でマウスをいじっていたのに、気が付かなかったのかわたし。

 ギャアギャアと幼稚園児のように皆が勝手なことを言っていると、いつの間に部屋に入ってきたのか、ヤナギが手をパンパンと叩きながら宥めるように言った。
「そんなことしてる場合やないで! 校長がお呼びや!」
「校長? なんで?」
「それを聞くためにいくんだもん!」
 そういうやいなや、マハル様はわたしのパジャマ(ジャージとも言う)のえり首を掴むと、ずるずると引きずりだした。
「わー、せめて着替えさせてぇ〜!」
 …わたしの悲痛な叫びは、女子寮の長い廊下に響いてやがて消えた。


「あなたたちには、もぐ…これを解析してぺろ…もらいもぐ…ます! もぐ」
 なんだか大きな(彼女が小さいだけかもしれないが)どらやきを嬉しそうに頬張りながら、校長はわたし達の目の前にある物体を指さした。
「これは…」
「うん…」
 我々の目の前にあったのは、油を染み込ませたような紙をぐるぐる巻いて、茶色のベーク板でサンドイッチしたもの。
 それも生半可な大きさではない。教室よりやや広い校長室の真ん中に、黒光りする電極が天井に突き刺さるのではという勢いでそびえ立っている。
「なんなんですか? このリアクタンス分が大きそうな物体」
「それを君たちに解析してもらいたい」
 澤村先生は低い声で、それをなでながら言った。
「これはある研究機関から、調査を依頼されたものです。動作や仕様その他は不明です」
 と、神奈備さんが説明する。
「つまり、その機関ではこれを動かすだけの設備がないので、動かしてほしいって事か…」
「そう、では検討をもぐ…祈ります! ごくん」

 そういうと校長と先生達は一歩後ろに下がった。下がりつつ持っていた弁当箱大のアルミ箱の中心に据え付けられた、プラスチックの蓋をおもむろにプッシュ。その中にあった赤いボタンがぴかっと光ると、どこからともなく勇ましい短調のマーチが聞こえ、いつの間にかさっきの…あぁもういいや、変圧トランス状の物体の下からはバーニアノズル。いつのまにか青空を見せている天井に向けて、さらにいつの間にかそこに結わえ付けられているわたし達を連れて、ブラストオフ。
「たすけてぇ〜!」
「あはははははははははは!」
 最後にわたしが聞いたのは、狂ったように笑う声だった。

 …ふと目を覚ますと、見慣れない場所だった。いつもの工場ではない。大きな碍子(がいし)、ベーク板、青白い火花。ガラスの向こうには制御盤、そしてその周りにはいつもの三人。
 …ここで初めて、わたしの体には無数の電極が取り付けられ、そこから延びるコードが、隣に置かれた件のトランスにつながっていることに気が付いた。
「ありゃ、起きてもうたわ」
「もう少し寝ててくれてもよかったのに〜」
 ガラスの向こうからスピーカー越しに聞こえる二人の声。その横ではナガイさんが黙々と制御盤をいじっている。
「ちょ、ちょっと待って〜! 何? 何なのこれ〜!?」
 ぱちぱちと青白い火花が、隣から飛んでくる。
「助けてぇぇ〜、ド○え○〜ん!」

「あはは、冗談だって冗談」
 やっとのことで拘束していたベーク板から解放されたわたしは、ぐったりしながらマハル様達をにらみつけた。
「何でわたしがあんな目に〜…」
「ごめんごめん、でも、おかげであのトランスの正体が分かったんやから」
「正体?」
「うむ、あのトランスは、電圧ではなく人間の感情を変圧する。つまり、今回の場合は恐怖心だ。ほかにも羞恥心や尊敬心、冒険心、絶対神なども電流へと変換することが出きる」
「…なんか後半変なもの混じってなかった? …つまり、ネガティブな心をエネルギーにできる…ってこと?」
「原理はスハラー・オオヤマンの創造性法則による。生命のあらゆる活動はエネルギーに由来するもので、可逆性である。とするものだ」
「分かったような分からないような…でも、そしたら変だよね。なんでこれの依頼者は、自分のところで試験しなかったんだろ?」
「せやなぁ…そういわれてみればそうやわ」
「まぁ、いいじゃん! それよりこれ見てよ、作った」
 マハル様が自信満々に指さす先には、パラボラアンテナ状のものに、無数の碍子とタイヤが付いた台車。ちょうどトランスが乗る分の足場が開けてある。
 そして先端には、茶色いベーク板製の十字架。…そう、人を結わえ付けるのにちょうど良い感じの。
 と、ガチャリとドアが開く音がした。
「調子はどうだ〜?」
「「「あ」」」

 そして冒頭のシーンに戻る。
 (いつの間にか翌日の朝になっていたので、午前の授業を受けた後にこの電気実験棟に戻ってきたのだ。)
 扉を開けると、件のメーサー光線銃が鎮座している。その十字架にとらわれていたのは、澤村先生だった。
「お、おまえたち、いつまでこのままにしておくつもりだ…?」
 うわ言のように先生が呟く。
「いやぁ、なんかエネルギー貯めなきゃいけないんで〜…すいません」
「先生が行方不明だって職員室騒いどったで」
 後ろからの声に振り返れば、いつの間にか全員そろっていた。
「じゃあ、始めよっか」
「うむ。ではレベル1からだな」
「な…何をする気だ?」

「ぐわぁぁぁ!」
 実験棟に先生の声が響きわたる。
「ほら、まだまだいくで〜、仮○ラ○ダー!」
「ヤナギ、楽しそうね…」
 嬉々として窓の向こうを見つめるヤナギとマハル様、黙々と作業をこなすナガイさんと、半ばあきらめてそれを監督するわたし。
「じゃあ、レベル4いってみようか」
「了解。レベル3終了、レベル4開始。トランスのタップを×10へ、充電率75%、非検体への負荷、開始」
「あいな〜!」
 ポチッとボタンを押すと、先生の前に箱が現れる。
「ひっ、もうやめてくれ〜! うわっヘビだ、ヘビはやめてくれ〜! さっきのラフレシアも嫌だったが、これは生命の危険すら感じる、うわ、なんか喉が赤いぞ! こいつ毒ヘビじゃ…ま、巻き付くな〜!」
「ねぇマハル様…大丈夫なの?」
「生物部から大きくて安全なのって言って借りてきたから大丈夫…だと思う!」
 根拠のない大丈夫ほど怖いものはないが、まぁいいだろう。
「よし、ラストスパートや、レベル5、このまま行くで」
「了解、レベル4実行のまま、レベル5実行。タップ×1、コンデンサ充電率87%、開始」
 がちゃんとひもを引くと、天井からエレベータの様に降りてくる台の上には少女。
「ぶぅ〜〜〜!」
「こ、校長! た、助けて下さい!」
「…私のプリン…食べたでしょう?」
「プ、プリン? 誤解です! 私は夕べからここに…」
「嘘おっしゃい、防犯カメラにはしっかりあなたが写っていましたよ!」
 校長はタミコに写った若干ポリゴンがかった先生の姿を示しながら、涙目で訴えている。
「…ねぇマハル様、あれって…」
 マハル様は舌をぺろっと出してペコちゃんのポーズ。
「こ、校長、誤解です、誤解ですって〜! 怒りで我を忘れないで下さいー! な、何ですかその怪しげな装置…、いーやー、こないでー、コナイデー!」
「おぉ、まもなくコンデンサの充電が完了するで」
「よし、成功だね!」
「うむ…おや…充電回路が切り離せない…だめだ」
「え、それって…まさか」
「そのまさかだな…」
「それじゃ…こほん。待避ー!」
 アラームが鳴り響き、実験棟内は赤いサイレンに照らされる。
 逃げまどう人々、あいかわらず繰り広げられる脅迫劇。
「待て〜! このままにしてくつもりか!?え、うわ、校長、それは勘弁です、やめて、やめて〜!」

 この日筑波音(つくばね)では、小規模の局地地震と、火球の目撃情報が相次いだ。

 わたしたちは校長室で正座させられていた。頭の上には一人一個ずつの大きなたんこぶ。
「まったく…何を考えてるんだお前たちは!」
「まぁいいじゃないですかぁ。もぐもぐ…♪」
 山のように積み上げられたプリンに囲まれて、校長はご満悦のようだ。

 結局例のトランスの脱出機構によって校長と先生は天井から離脱。しかし、メーサー光線銃も一緒に付いてきてしまったために、充電回路がパージできず、そのまま校長室へ不時着し、そこでメーサー光線が暴発。幸い空に向かって放たれたが、上空にあったなんだか分からないものに当たってしまい、それが落ちてきて学園のグランドに大穴を開けた。

「一歩間違えば大惨事だったんだぞ! 既に俺は大惨事だし…」
 先生が手をやる後頭部は、校長の謎装置でばっさり髪が無くなってしまっていた。
「まぁまぁ、頼んだのは私たちですしね。プリンいっぱいもらったし、もういいですよ。もぐもぐ…♪」
「まぁ…校長がそういうなら…」
 わたしたちはやっと解放され、校長室を後にした。

「これにて一件落着…。疲れたなぁー」
「いや、まだだ。例の回路がなぜ切断できなかったか、調べねば」
「よーし、じゃあ、もどろっかー」
「待ってー!服こんなボロボロなんだからせめて寮戻って着替えようよ〜!うわ、襟首引っ張ってひきずらないでー! 削れる削れる〜!」
 わたしたちの休みは、まだ当分先のようだ…。


 後から分かったことだが、なんだか分からないもの、それはどうやら我が国の首都を狙った近所の国のミサイルだったらしい。天文部の自動撮影カメラがその瞬間をとらえていた。
 図らずも日本を救ったわたしたちだったが、それはまた別の話と言うことで…。

	

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